市川市 真間山の伏姫桜

2011年4月7日(木)晴れ

週末田舎へ行ってきた帰りのバスで風邪を引いてしまい、そのおかげでインフルエンザにかかり
床についていました。1週間が過ぎようとしているので布団を片付けて、足慣らしに散歩に行って
きました。ちょうど新聞にも「真間山・弘法寺(ぐほうじ)の伏姫桜」が見頃を迎えているということでした。
1週間ぶりに外出しましたが、何でこんなに多くの人が歩いているの?という感じでした。
伏せ姫桜(伏せ姫桜の花びらは白っぽい)
樹齢400年 伏姫とは、江戸時代に人気を博した伝奇小説《南総里見八犬伝》のヒロイン。
真間山にお訊ねした処、なぜ伏姫桜と言われるのかは定かではないとの回答を頂きました。

真間山門前の桜
ここから石段になっていますが、段差が大きくてご年配の方々にとっては
大変な石段です。正面石段の下から27段目に涙石と呼ばれる石段があります。
石段は千個以上の石からなるが、この石だけ涙を流すかのように濡れ続けている。
江戸時代に、作事奉行の鈴木修理長頼が日光東照宮の造営のために使う石材を
伊豆から船で運ぶ途中、市川の根本付近にさしかかった時に船が動かなくなり、
積んでいた石を勝手に近くの弘法寺の石段に使用してしまった。長頼は幕府から
責任を追及され石段で切腹。その時の無念の血と涙が染み込んでいるという伝承がある
仁王門

真間山、弘法寺(ぐほうじ)は奈良時代、天平九年(737)、行基菩薩がこの地に
お立ち寄りになられた折、里の娘、手児奈の哀話をお聞きになり、いたくその心情を
哀れに思われ、一宇(いちう)を建てて「求法寺(ぐほうじ)」と名づけ、手厚く
その霊を弔われた。その後平安時代、弘法大師(空海)が教えを弘められるために
おいでになられた時、求法寺を七堂伽藍に再建され、寺運を一新して、「弘法寺」
と改称された。その後、鎌倉時代に入り時の住持、了性法印尊信(りょうしょう
ほういんそんしん)と、中山法華経寺、富木常忍公(ときじょうにんこう)との
間に問答があり、日蓮聖人は六老僧の伊予房日頂上人(いよぼうにっちょうしょうにん)
を対決させられた。
その結果、日頂上人が法論に勝たれたため、爾来、弘法寺は法華経の道場となり、
日頂上人をしてご開山とすることとなった。
十九年(1591)に元亨三年(1323)に千葉胤貞公(ちばたねさだこう)より寺領の
寄進を受け、天正徳川家康公より御朱印状を賜り、元禄八年(1695)には水戸黄門公が
来詣された折、茶室を賞(め)でて「遍覧亭(へんらんてい)」と称された。
真間山HPより拝借
伏姫桜


  伏せ姫桜の隣には小ぶりの枝垂桜が咲き始めています
  この枝垂桜は八重のピンクの桜なので可愛らしいです
  見に来られた中年のご婦人が「伏姫桜」もこの
  ようなピンク色なら美しいのにと残念がっていました
  
 伏姫桜の横にはピンク色の
 枝垂桜が咲いて、その後には
 ソメイヨシノが一緒に咲いて
 います。
 例年ですと伏姫桜は3月下旬
 〜4月上旬に咲くのですが今年
 は少し遅れたようです。ソメイ
 ヨシノ、枝垂桜、伏姫桜が同時に
 見られました。
  
 境内から少し離れてお花見ができる場所があり、桜が植えられています。
 お花見をやっているグループが1組ありましたが、静かにやってました。
 そこから市川駅方面を見ると鉄骨不足で大騒ぎになった二つのビルが聳えています
  
 真間山弘法寺の桜を見て「手児奈堂」へと足を向けました。
 「真間の継橋」がそばにあり万葉集にも歌われております。
 手児奈(てこな)とは、下総国勝鹿(葛飾)の真間(現在の千葉県市川市)に奈良時代以前に
 住んでいたとされる女性の名前。「手古奈」、「手児名」などとも表記する。
 手児奈は舒明天皇の時代の国造の娘で、近隣の国へ嫁いだが、勝鹿の国府と嫁ぎ先の国との間に
 争いが起こった為に逆恨みされ、苦難の末、再び真間へ戻った。しかし、嫁ぎ先より帰った運命を
 恥じて実家に戻れぬままとなり、我が子を育ててつつ静かに暮らした。だが、男達は手児奈を巡り
 再び争いを起こし、これを厭って真間の入り江(現在の真間川付近に広がっていた)に入水したと
 伝えられている。古くから語られていた伝説が、この地に国府がおかれた後、都にも伝播し、詩人
 たちの想像力をかきたてた。
 万葉集には高橋虫麻呂や山部赤人らによって詠われたこの伝説に関する歌が複数見られる。
 737年に行基がその故事を聞き、手児奈の霊を慰めるために弘法寺を開いた。現在は手児奈霊神堂
 に祀られている。また、亀井院には手児奈が水汲みをしていたとされる井戸が現存している
  
「手児奈堂」にはまだ若い枝垂桜が植えられております。
ここの枝垂桜は一重のピンク色をしたとても可愛らしい桜です
「手児奈堂」の枝垂桜
  
「手児奈堂」を出て真間側沿いの桜はどのくらい咲いているいるだろうか?
我が家に帰るには少し遠回りになるけどのんびり散歩しながら帰ることにします。
ここの桜も満開を迎えていました。
いつも少し残念に思うことは真間側に植えられていないので
川面に桜が垂れ下がらないことです。歩道の桜の木の内側に
植えられているのです。川の片側だけに植えられています。
真間側を少し歩くと真間山小学校があります。
そこの橋の上から見たまま側沿いの桜です。
橋の袂にあまり大きくない枝垂桜が植えられています。
いつも楽しみにしているのですが少し早かったようです。
真間側沿いを歩くと文学の散歩道となっております。
市川に住んでいらっしゃった作家の方や芸術家の方々
を紹介した札が立てられております。
桜をはさんで川に沿って車道があり、桜の内側が歩道
になっているので安心して歩くことができます。ただ子供が
遊べるように動物の置物があったりしますので上ばかり見て
歩くと少し危ないかもしれません。
我が家の近くに真っ白くて花びらが大きい桜がありました。
ソメイヨシノの倍はあるかなと思うくらい大きくて美しい
桜でした。まだ木は小さいのですが。