田浦梅の里義経ゆかりの満福寺
     2005年2月26日(土)曇り雪

                  駅に貼られていたポスターに梅の花の写真が掲載されていた。
                  随分綺麗な所なのでブラッと行って見ようと思い立ち出かける事にした。
                  今まで田浦を知らなかったので検索し電車も乗り換えなしで行けることが
                  分かった。
                  1934年(昭和9年)に今上天皇のご生誕を記念して、地元の有志が700本の
                  梅を植えたのが「田浦梅の里」の始まりです。現在では約2700本の梅があると
                  言うことです。

「アクセス」JR田浦駅から徒歩20分
「住  所」横須賀市田浦大作町
                       
11:29 田浦駅

 田浦駅に数人が下車。
 バスも出ているらしいが
 歩く事にして少し直進し、
 信号を右に折れる。
 まもなくトンネルをくぐり
 歩道橋をわたる。
 
 
11:42 この橋を渡る

 5分ほど歩くと「田浦梅の里」
 と書かれた橋を渡る。
 しだれ梅が1本美しい花を咲か
 せている。
11:43 階段入口
この階段が上までジグザグに
続いている。
 
小道の両側には水仙の
花が植えられているが、
咲き終わってしまって
いてチラホラと咲いて
いるくらいだ
梅の花はまだ早くて
咲いているのは少なくて
まだ10日ほど先のような
感じであった。
  
 上のほうからは海が見渡せる。
 満開の梅ならばさぞ素晴らしい
 だろうと思われる。
 展望台が小高い丘の上にある。  

                        梅もあまり咲いてないし、昼食時間でもあるので
                        どこかで食事をする事にして「梅の里」を後にする。
                        駅で「美味しい食事が出来る所は?」と尋ねると
                        「腰越でシラス料理が食べられる」と教わり江ノ電
                        で腰越まで足を伸ばす事にする。
                        江ノ電は民家の間を縫うようにして走る。
                        腰越につく頃には小雪が舞い始めた。
                        時間も遅かったので急いで食事を済ませ近くに義経の
                        腰越状で有名な「満福寺」があるというので行ってみる事に。
                        江ノ電も義経の絵の描かれた電車が走っている。

義経ゆかりの満福寺
                          
14:40 満福寺入口

手前の線路は江ノ電の線路
この階段を登ると満福寺

本堂の前には「義経腰越状
七百五十年記念」の碑が。
  
満福寺

義経は、数々の手柄をたて鎌倉に
凱旋しようとしていたが、鎌倉の
入口である腰越まで来ると、頼朝の
使者によって鎌倉入りを阻まれた。
義経は兄・頼朝に腰越で大江広元に
心情を綴る文を託すが、ひと月ほど
腰越に足止めを食らい、結局、鎌倉
には一歩も足を踏み入れることなく
京に帰らざるを得なかった

       弁慶の手玉石
  
 義経物語を綴った鎌倉彫の襖絵

 本堂は3部屋に分かれており、
 部屋を仕切るふすまには義経の
 物語が描かれています。鎌倉彫の
 技法を取り入れた漆画で、
 『平泉への道』『腰越状』など
 全部で8場面。中でも
 『弁慶の立ち往生』は襖4枚を
 使った超大作になっている。

 『弁慶の立ち往生』
 奥州・衣川での弁慶の死の場面
 敵の矢が何本も何本も体に突き
 刺さりながらも敵に突入していき
 「我、死して不動明王とならん」
静 子供との別れ

   生まれる子が女児なら助け
 男児なら息の根を断とうと
 いうことで、生まれた子は
 男児であった。
 安達新三郎清経という武士が
 禅師の抱いていた赤子を奪い取り
 由比ガ浜に向かった。  
「雪の逃避行、奥州へ逃れる義経主従」

   鎌倉入りを拒否された主従が京へ戻り、
 またここも追われるようにして逃れて
 いきました。
 "勧進帳" の話にも出てくる山伏姿に
 変装した義経が一番左に描かれている
 
 
「恋い慕う義経を追いかける静」

 見るとても嬉しくもなし増鏡
   恋しき人の影を止めねば
 
「腰越状を書く義経」

 義経は大江広元にあてて手紙を
 書き、広元から頼朝にとりなして
 もらおうと思った。

 恐れながら申し上げます。私は代官の
 一人に選ばれ、勅を奉じて朝敵を滅ぼし
 会稽の恥辱を雪ぎました。思いもかけぬ
 讒言により莫大な恩賞も黙殺され、とがと
 勘気を蒙り紅涙を流しております。
 讒言を確かめることもなく、鎌倉にも入れて
 下さいませぬため私の心を申し述べることが
 出来ませんでした。兄、頼朝殿の顔を見る
 こともできないのは、骨肉の情が消えて、
 宿運が空しくなったためでございましょうか。
 
静御前の舞い

 しづやしづ賤のおだまき繰り返し
   昔を今になすよしもがな
 吉野山嶺の白雪踏み分けて
   入りにし人の跡ぞ恋しき

 義経を恋う恋歌である。
 

                       思いがけずこうして義経ゆかりの満福寺を尋ねる機会を
                       得ることが出来たことはよかったと思います。
                       ちょうどテレビで義経を放映していますが、時間の関係で
                       殆ど見ておりませんが、本は読んだばかりでした。
                       いつか又義経を訪ねて歩いて見たいと思っております。

 

ホームへ   ハイキングのページへ