ウォーキング

石神井川に沿って 2000・4・9 晴


 <コース>

 中板橋―商店街(5分)―石神井川―

 音無親水公園―王子神社―飛鳥山―

 渋沢栄一資料館
      

川の両側から
桜の枝が川に
向かってのび
て咲いている
姿は見事です



渋沢資料館

  日本の近代経済社会の基礎を築いた
  渋沢栄一の91年の生涯と携わった
  さまざまな事業,多くの人々との交流を
  示す諸資料を展示しています。
 





   飛鳥山の渋沢邸

公園の一角に初めは接待用の
別荘として後には本邸として
住まった「曖依村荘」の住居等
主要部分は空襲のため焼失したが、 「晩香廬」として残っている。



                      
渋沢栄一の概略

1840年(天保11年)埼玉県深谷市に誕生
青年期には、尊皇攘夷思想に傾き、高崎城の
乗っ取りを計画するが、その非を知り中止する。
27歳で一橋慶喜の弟の徳川昭武に随行して渡欧し、
経理、庶務担当をして資金運用を学ぶ。
2年足らずで帰国し、金融、照合を営む「商法会所」
を創設。

                      

明治維新政府に認められ、民部省租税正として
郵便制度、貨幣制度、暦法の改正、鉄道敷設緒官庁の
建築、事務規則、銀行制度の制定など調査、
立案に当たった。
深く関わった事業には、富岡製糸場や王子製紙の
建設、第一国立銀行の創設など。
その後、上司の井上馨と共に官を辞し、民間経済人
として日本の近代化に尽くす。
実業界を築き、道徳経済合一説を実践し、民間外交を
担い社会、公共事業を推進した。
日本社会の近代化に大きな足跡を残し、91歳の
生涯を終えた。


    渋沢資料館より抜粋