私の散歩コース
2017年3月31日(金)〜4月2日(日)


 今年の桜はお天気が寒かったり暖かかったりと変化の年でしたので長く鑑賞する
 事が出来ました。
 なかなか真間山や手児奈山に行く機会が少ないので夕方になったりします。
 真間山の【伏せ姫桜】が見頃と言う情報があったので夕方になりましたが行ってきました。
 夕方薄暗くなってからの撮影は良い写真が撮れません。
 それでも見られたので良かったかなと思います。
 今年も、家のそばに咲く枝垂桜が美しく咲いております。
 これからは郭沫若記念の所に咲く芝桜を見ながら歩きたいと思います。


4/2 家のそばに咲く枝垂桜 メジロが来ないかと楽しみにしているのですが今年は見られませんでした
4/1 真間川沿いに咲く桜 片側だけなので寂しい感じもします 夕方なので色が綺麗ではありません
4/1 手児奈霊堂に咲く若い枝垂桜
4/1 若い枝垂桜 色が美しいです
4/1 手児奈霊堂 夕方なので提灯に火が入っています
4/1 手児奈霊堂 奈良時代から万葉集に詠われています
4/1 真間の継橋 
足しの音せず行かむ駒もが葛飾の真間の継橋やまず通はむ
手児奈という 美しい少女の言い伝えに由来します
男たちが手児奈をめぐって争いを繰り広げ心優しい手児奈は自分のために争い
傷つくのを厭って真間の入り江に身を投げました
4/1真間山弘法寺 この石段の中ほどに涙石と呼ばれている石があります
4/1 仁王門
涙石又は泣石
江戸初期、幕府作事方の鈴木長次は日光東照宮の造営のために使う石材を伊豆から江戸川を船で運んでいたが
市川の根本付近に差し掛かった時船が動かなくなった。
そこで長次は弘法寺に仏縁ありと思い、石を国府台の根元におろし真間山の石段に使用してしまった。
日光では石の到着を今か今かと待っていた。
長次は釈明したが理解してもらえず涙ながらに真間山の石段にて割腹して果てた。
それ以来その所の石だけが長次の涙でいつも濡れていると言われています。
真間山の山号扁額は弘法大師(空海)の筆と使えられています
伏姫桜 
ま青なる空よりしだれ桜かな 富安風生作
昭和13年4月3日に高浜虚子と伏姫桜を見に来た時に詠んだ歌
伏姫桜
伏姫桜
客殿
利休梅(バラ科)別名:バイカシモツケ
原産地は中国の中北部 明治時代の末期に渡来
中国の中北部が原産でわが国へは明治時代に渡来しました。
高さは2〜4メートルになり、狭倒卵形または楕円形の葉が互生します。
4月〜5月ごろ、枝先の総状花序に白い花を咲かせます。
名前は、茶花としてよく利用されたことから。
別名で、「バイカシモツケ(梅花下野)」とか「ウメザキウツギ(梅咲き空木)」とも呼ばれます。
●バラ科ヤナギザクラ属の落葉低木

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利休梅 私の写真が下手なので次女がスマホで撮って送ってくれました
弘法寺太刀六大黒尊天堂前に宇賀桜(うがざくら)
大黒様の脇侍に由来するとあります
宇賀桜は白っぽい花びらをしています
家のそばの枝垂桜です
家のそばの枝垂桜です


ユキヤナギ
家のそばの枝垂桜と雪柳のコラボです
ご近所のミモザ
ご近所のミモザ ずいぶん長い期間咲いています
4/2 ヒメオドリコソウ(姫踊り子草)シソ科
ヨーロッパ原産・明治中期に渡来し東京周辺に特に多い

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