故郷 四国の今治
2011年3月26日(土)27日(日)
母の33回忌の法要のために
 

 母の33回忌の法要があるというので何年ぶりかで田舎へ行くことになりました。
 最近ではこのようなことがないと、なかなか田舎へもいけません。
 まだ12歳 歳の離れた姉がいるので行く機会はあるかとは思うのですが段々歳を
 とり、お互いあちこち体も自由が利かなくなってきております。
 数年ぶりで姉妹4人が揃う機会です。大阪から姪夫婦もかけつけてくれました。
 東日本巨大地震・福島原発などの影響で田舎のスーパーも水が少なくなっているようです。
 被災地の方々には心からお見舞い申し上げます。
 でもここ今治は石鎚山のおかげで台風もあまりひどくなく穏やかな土地です。
 近くの散歩コースからは、来島海峡が見渡せ、しまなみ海道の美しい眺めを見ることができます。
 瀬戸内海の穏やかな海に船がポツンポツンと浮かんでいます。



「交  通」  浜松町バスターミナル(京急高速深夜バス・パイレーツ号)発20:10発→今治桟橋(翌朝)7:50着
               飛行機だと松山について松山駅まで行き、そこからから電車に揺られてやっと今治に着くので、
               バスだと浜松町で乗れば翌朝には今治に着くので便利です。でもなかなか寝られません。
               今治桟橋に着くので甥が迎えに来てくれました。

今治城
今治城は藤堂高虎によって江戸時代の初めに築城された。が高虎自身によって丹波亀山城へ移築された。
そのため幻の天主であった。現在の天主は昭和55(1985)年に建てられ次々と櫓・藤堂高虎像が設置され
平成9(2007)年に鉄御門が再建されて往時の威容を取り戻した。
藤堂高虎は内堀・中堀・外堀の三重の堀とし、海水を引き入れ、南方の蒼社川、東方の「瀬戸内海を自然の
守りとした大規模な海城であった。
明治2(1869)年6月「版籍奉還」によって競売にかけられ破却された。
今治城の本丸跡には吹揚神社が明治5(1872)年に建立された。
藤堂高虎は築城技術に優れ、家康の信任も扱ったので天下普請の多くの城の築城にたずさわった。

今治城の堀は海水を引き入れ「伏流水」として上の方は真水でメダカが泳ぎ、下の方は海水で
チヌが多く泳いでいるとボランテァの方の説明です。
石垣の所に海水の引き込み口が見える
藤堂高虎公の銅像
私が高校の頃はお城はなく「吹上げ」と呼ばれて花火大会や散歩コースになっていた。
  
今治城天守閣
今治城案内図
藤堂家伝来の総練革
藤堂高虎肖像画
履物
きっと冬には寒いので履いたものだと
想像します。
武士は甲冑の重いものを身に着けて戦争に
行ったのですね。とても細かい細工を凝らし
昔の人々は偉かったと思います。


懐かしいものを見つけました。
石でできている真ん中に鉄の輪が
沢山取り付けられています。
私が小さかった頃、冬の日に部落の
子供たちが宿になっている
家に集まり、男の子たちがこの輪に
綱を結わえ付けて引いて
家々を「ごおりんさんがご〜ざった」
と良いながら回ります。
女の子たちはその宿でおはじきをしたり、
お手玉をしたりして
戻ってくるのを待つのです。
みかんやサトウキビなど食べ物を
配ってくれます。
子供の頃の素朴な懐かしい思い出です。
大急ぎで回って城を出ます
今治城鉄御門
今治城
天主には甲冑や刀、今治城絵図や藩主の書画、徳川将軍の領地朱印状や古文書などが展示されている。
多聞櫓は自然科学間、櫓門は地場産業館などになっているが今回は行かなかった。
天主の最上階からは来島海峡大橋、石鎚連峰を見ることができるそうである。
今治城は堀の水が「海水」で海とつながっており、塩の干満によって水位が変わり運がよければ
鯛やひらめが泳ぐ姿、ぼらが跳ねる姿を見ることができるとか。

母の33回忌の法要も無事終わりみんなで甥の車や親戚の人の車でお墓に向かいます。
お参りを済ませてそれぞれ乗ってきた車で帰りますが、姉と妹と私の3人は歩いて帰ることにしました。
つくしや花を探しながら帰ろうということになったのです。
小さい頃からつくしを採っていたので、今でもつくしがありそうな所には目がいきます。
つくしを採ったり蓮華草を愛でたりしながら帰ります。今晩のおかずくらいは採れたでしょうか?
帰って水に浸してアクをとります。次男の甥が料理してくれました。
今年初めてのつくし料理でした。
レンゲソウ(なかなか見られなくなりました)
つくし(少し遅かったかな?)
田舎に帰るといつも行く散歩コースがあります。
東京の姉と大阪の妹と3人で散歩に行くことにしました。
田舎は東京より暖かいのでサクラの花が開いているかなと思って出かけたのですが
1週間ほど早かったようです。河津桜は咲いていましたがソメイヨシノはまだ蕾でした。
でも赤く膨らんでいたのでもうすぐ咲くことでしょう。
     ホトケノザ                               ユスラウメ
関東地方では「ホトケノザ」と「ヒメオドリコソウ」があるのですが、
「ヒメオドリコソウ」は田舎にはどこにもありませんでした。
帰って調べましたら「ヒメオドリコソウ」は本州に見られるそうです。
ユスラウメは家にあったのですがまだ花は少し早かったようです。
つくし料理(甥が作ってくれました)
まず水につけてアクをとります。
もう少し遅かったのでアクとりは
少しの時間でよかったです。
アクが出たら湯がきます。
後はそれぞれの料理の仕方があると
思いますが砂糖、しょうゆ、などで
味付けをしてこれは卵でとじました。
水仙
わらぶき屋根の資料館
菜の花(管理者によって植えられたものですが美しい)
菜の花
河津桜
河津桜の下を行く
伊豆半島の静岡県賀茂郡河津町の川原で1955年に原木が発見されたそうです。
増殖されて8000本になり2月上旬から3月中旬まで観光客でにぎわうようです。
ここの河津桜は今治市出身の方が植樹されたようです。
木は地上約50cmほどのところで枝分かれして横に広がる性質があるそうです。
まだ見に行ったことがなかったのでここで見られてラッキーでした。
長い階段を登っていく
蕾も大きく膨らんで
海山(うみやま)(遠見山)(おみやま)砦 360度見渡せます
散策路
天宝律令時代(8世紀頃)から番所が置かれ宮崎の火山であげた狼火は金山、
海山(遠見山)、近見山を経て今治市の国府へと伝達された。
私が小学校の頃は山だったのでよく走らされたのを覚えています。
夜は遠くから火が見えたのですが、今は自粛しているそうです。
来島海峡
手前が来島・その奥が小島・津島・右手薄いのが大島・しまなみ大橋
子供の頃は船に乗って来島・小島に遊びに行ったことがあります。
のどかな風景
マーガレットを小さくしたような花を植えている
今治はタオルの名産地・お土産を買うためにタオル美術館へ
美術館に入ると雛人形の段飾りがありました
タオル美術館は始めていくところです。大阪の姪夫婦の車で連れて行ってもらいました。
やはり車がないとなかなか行かれないところです。
美術館の中はタオルだけでなく食べ物やレストランなどありました。
今治は「鯛めし」が美味しいところです。鯛めしののもとを買ってみました。
キャッシー中島さんのコーナー
美術館内の様子
白いタンポポ
             おまけ
帰りのバスが少し寒いと感じていました。帰ったら風邪を引いてしまいました。
病院へ行って風邪薬を処方していただきましたが、1日たっても熱が下がらず(普段は熱はあまり出ない)
また病院に行きました。インフルエンザの検査をしましょうということで検査をお願いしました。
「A型インフルエンザ」と診断されました。「タミフル」を飲んだら少し楽になりました。
1週間会社を休みます。普段熱を出さないので37.9度出るとつらいです。1日たって37.4度まで下がりました。
今の時期「A型」は少ないのだそうです。
皆さんも気をつけましょう。

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