奥武蔵・日和田山〜物見山〜顔振峠(かあぶりとうげ)538m
               2005年12月10日(土)晴れ


 今回はツアーをやめて有志だけで奥武蔵を歩く事になった。
 相模湖方面に出かけることが多いので遠く感じていたが何とか奥武蔵方面も
 慣れてきつつあるように思う今日この頃である。
 市川を7:37の電車に乗り秋葉原で山手線に乗換て池袋で快速急行8:36発の
 三峰口行きに乗車。皆最寄の駅からそれぞれ乗車してくる。高麗駅に9:33到着する。
 各自体操をし、トイレを済まして出発する。
「コース」 6時間






9:52発

18分






10:10

20分





10:30着
10:37発

6分




305m
10:43着
10:50発
0.7
km



17分





330m
11:07着
1.1
km



27分



375.4m
11:34着
12:06発
1.6
km



26分





12:32着


20分





12:52着


1時間42分




14:34着
14:46発


25分






538m
15:11着


1時間5分






16:16着

「交 通」 市川総武線7:37発→秋葉原(乗換)8:00発・JR山手線内回り→池袋8:20着
          西部池袋駅8:36発(快速急行三峰口行き)→高麗駅9:33着

「Member」 Haさん・Maさん・Iさん・Doさん・Haさん・Eさんと私の7名
9:42 高麗駅
 高麗駅に着くと先ず目に付くのが赤いポールの
 ”天下代将軍””地下女将軍”である。8世紀
 始めに朝鮮半島の高麗人が移住した場所であり
 関東に散らばっていた高麗から来た人々1799人
 をこの地に移して「高麗郡」を作ったと「続
 日本紀」に記されているそうです。

 各自体操をしてトイレを済まして出発する。
 トイレも綺麗に立て替えられて数も沢山ありました   
 
    10:10 日和田山登山口     10:11 登山道       9:56 日和田山
               踏切を渡り国道299号線に出ると正面に日和田山が見えてくる。
               国道を横切って先に進むと巾着田方面へと行く。橋を渡り交差点を
               左折するとまもなく「日和田山登山口」の道標がある。
               工事中のようで紙に書かれた道標である。
               木の丸太で道が仕切られた登山道を登っていくがそこそこの上り坂である。
               5分ほど登っていくと鳥居があり、その鳥居をくぐると「男坂・女坂」の
               分岐である。
10:17 「男坂・女坂」の分岐

左に行けば男坂。右に行くと女坂である。
2004年5月9日に日和田山に行ったときは男坂
を登った。そのときはロッククライミングを見て
男坂を登って日和田山に行ったのでした。
今回は「女坂」を行く事にしました。
分岐から10分ほど登ると「金刀比羅神社」の
鳥居が見えてきて、視界が開けて「巾着田」や
富士山が素晴らしい眺めである。。
10:30 「金刀比羅神社」
 鳥居の間から巾着田の川の蛇行が
 良くわかる。大岳山や富士山が
 美しい。足元は岩場なので写真を
 撮ったりするのは注意が必要だ。
 曼珠沙華が咲く頃、ここから
 眺めるのも又楽しいだろうなぁ!
  
 
「金刀比羅神社」より
 富士山を望む

 
  
10:46 日和田山山頂

 金刀比羅神社の裏を通り抜け
 5分ほどで日和田山山頂に到着
 する。山頂はさほど広くなく
 展望もないので写真を撮って
 下山する事にする。
 中央に宝篋印塔は高麗の聖天院
 35世の隆敬が立てたものと言わ
 れている。
10:51 山頂直下       10:58 高指山への登山道

             山頂からは急坂を下ります。短い急坂を下ると緩やかな桧や杉の登山道に
             なり、少し明るくなって登っていくと鉄塔のある高指山に到着する。
             左前には明神ケ岳、大涌谷の煙も見えています。その右側には金時山
             この登山道には見るとイチゴの実ににているのが沢山見受けられる。
             食べられるのかどうかは判らないので口にしなかった。帰って調べたけれど
             持っている本には出ていなかった。
             高指山は鉄塔しかないので喉を潤すくらいの休憩をして物見山に向けて出発する。
11:07 高指山
何のイチゴ?
11:15 駒高にある東屋
 高指山からは舗装道路の車道を
 歩く。この辺りには幾つかの集落が
 あるらしい。最初の集落が駒高で
 東屋とトイレがある。ふじみやと
 言う茶店もあり「生ビール」と言う
 文字に皆一斉に目がいく。
 地元の方が30年以上も開いているそうだ。
 この前はこの東屋で昼食をしたが今日は
 団体さんがいて、美味しそうな匂いが
 漂ってきたので物見山に急ぐ事にする。
11:20 物見山への登山口

 東屋のところでトイレを済まし、
 少し先に右に入る道路があるので
 その道路を進む。この辺りには
 芝生が植えられている。
11:34 物見山
11:37 物見山山頂
           先ほどの舗装道路を右に進むと又、暗い杉や桧の登山道になる
           10分ほど尾根道を歩くと分岐になる。
           左に行くと「北向地蔵」右に行くと「物見山」
の分岐である。
           右の暗い登山道を2〜3分も進むと明るい小高い丘に飛び出す。物見山である。
           着いた所は山頂ではないので先ず、山頂に行ってみる事にする。
           杉や桧の登山道を2分ほど行くと山頂である。狭くて展望はなく
           暗いので人はいない。先ほどのところに戻り食事にする。
           ベンチに座り太陽に背中を向けて座ると暖かい。
           数人のグループがそれぞれ食事をしている。
           30分ほど食事時間を取り次の北向地蔵へと向かう。
  
12:24 登山道入口
 12:06 物見山を出発する。
 「北向地蔵23分・宿谷の滝25分」
 という道標があり北向地蔵へ進む。
 やはり杉・桧の中を20分ほど行くと
 車道に出る。その車道を右に入る
 登山道があり、「北向地蔵」と
 書かれた道標があるので登って
 いくと祠が見えてくる。    
    
12:32 北向地蔵
祠を見ると新しく
なっている。

以前の祠は右側の
写真だった。
12:43 登山口
北向地蔵の裏は車道になっている。
横切って登山道を下るとユガテに
行くが、今回は顔振峠に行くので
車道を少し歩く。8分ほど行くと
右側に登山口があるので登っていく。
急な坂を5分ほど登ると大きな岩に
赤い字で「越上山」と書かれている。
12:51 スカリ山直下の急登
緩やかに坂を下り急登を上り返すと
展望の開けた所に出る。
「スカリ山」435.1mである。
  
12:54
スカリ山
435.1m


スカリ山より
武甲山を望む
 
13:00 急坂を下る
                 13:00にスカリ山を出発し、すぐ短い急坂を下る。
                 やがて緩やかな杉・桧の登山道を進むと「みちさと峠」の
                 道標の立つ分岐に出る。「鎌北湖・ユガテ・吾野駅」の
                 道標がある。エビガ坂を通り明るい桧の登山道を進む。
                      
13:17 顔振峠への登山道

杉・桧の登山道だが明るくて気持ちの良い
道だ。今迄とちょっと違う雰囲気なので
思わずシャッターを押していた。
    
13:41 分岐
杉・桧から雑木林へと
変わると車道へと出る。
車道120m先右折の
道標に従い車道を進む。
鎌北湖と顔振峠の分岐
に出会う。右の暗い道
が鎌北湖で左の道が顔
振峠である。
短い急登を登るとやが
て鉄塔が見えてくる。

              アップダウンを繰り返しながら緩やかな登山道を25分ほど
              行くと車道に出る。この車道を横切り再び登山道へと入る。
              この車道から15分ほどで左手に鳥居が見えてくる。
              その鳥居から5分ほどで諏訪神社に到着する。
              越上山に行く予定だったが道標に気がつかずに来てしまった。
              諏訪神社到着は14:34である。
 
14:43 諏訪神社
 諏訪神社の前に美しく
 紅葉したモミジがまだ
 残っていました。
 皆で記念写真を撮りたい
 と言う気持ちにさせられます。
 モミジとどちらが美しいなんて
 バカなことを言いながら・・・
 
    諏訪神社     阿寺公衆トイレ

                      公衆トイレを拝借して記念写真におさまり顔振峠に向かいます。
                      諏訪神社の鳥居をくぐり裏に回りこんで登山道に入ります。
                      いったん車道に出てすすむとやがて顔振峠に到着です。
 
    顔振峠(かあぶりとうげ)
 標高500m  昔義経弁慶主従が展望の素晴らしさに
 顔を振り振り眺めたのでこの名がついた
 と言われている。

 明治維新の際幕軍の勇士、渋沢平九郎は
 飯能の戦いに破れ、単身顔振峠に落ち来たり
 峠の茶屋にて草鞋をもとめ代価として刀を預け
 店主の加藤たきに秩父路の安全なることを
 聞くも遠く故郷大里の空を見て望郷の念止み難く
 すすめるお茶も飲み残し里山に下りて官軍に遭遇し
   惜しまるる時散りてこそ世の中は
             人も人なり花も花なれ

 と辞世を残し自刃し若冠22歳の若桜惜しくも
 この峠の麓に散りましたと書かれている。  
 
15:16 顔振峠
 茶屋の横を入っていくと
 急な登りが続いている。
 8分ほど我慢して登ると
 山頂に到着する。
 木の根っこに板が横にして
 置かれているが文字は消え
 て読むことは出来ない。
 電車の時間が気になるので
 写真を撮ったらすぐ下山。
 4分で下りてきた。
 
15:28 摩利支天
 どこかで聞いた名前だと
 思ったら甲斐駒ガ岳だ。

 大自然の現象 春の野に立つ
 カゲロウを神格化し、往古より
 知名の士が守護神として利益を
 もたらし庶民からも崇拝せらる。
 四面二重の塔は木造寺社建築で
 有志の勤労奉仕により十余年の
 歳月を経て完成し、内装には珍しい
 古切手のモザイク画が奉納されて
 いると書かれている。
 
    16:16 吾野駅     16:55 打ち上げ
                   顔振峠からは電車の時間との競争になった。
                   一時は次の電車にと諦めかけたが、間に合うかもしれないと
                   又急ぐ事になった。コンパスの短い私はついていくが写真を撮る
                   時間なんて無かった。16:27の電車に余裕を持って間に合った。
                   そして次なる予約を入れてある場所へと移動して飲んで食べて
                   今日の疲れを発散したのである。

 

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